これは当ブログでも度々紹介している、「ほどほど」に通じるものがあるのですが、長い人生においては「三割がた良いことがあればそれで良し」と考えることで、疲れを軽減することができるかもしれません。
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良いこと、悪いこと、どちらでも無いの比率は3:3:4
「三割打者を目指せば疲労も軽減できる・・・」、当然ですが、これは何もプロ野球選を目指せと言っているわけではありません。私達は生きている間に、様々なことを経験します。良いこともあれば悪い事も起こります。そして、日々何気なく過ぎていく「平凡な時間」は、良くも悪くもなく、そのどちらにも当てはまりません。
そして、これらの「良いこと」と「悪いこと」、そして「どちらでもないこと」は、それぞれの比率がおよそ3:3:4程の比率で占められていると考えられています。
しかし、自分の人生の中で「良いこと」だけを求めてしまうと、良いこと以外の残りの7割が我慢できなくなってしまいます。この7割の中には、よくも悪くもない「普通」の出来事も含まれているわけですが、自分にとって良い出来事しか見えなくなると、「普通」の出来事ですら「悪い」出来事に変化してしまいます。
こうなってしまっては、極端な話、「良いこと」は3割、「悪いこと」が7割と考えるようになってしまいます。良いことがあっても、その倍以上に「悪いこと」が起こったと考えてしまえば、それは疲れのたまる毎日となってしまいます。
9の長所より1の欠点が全てになってしまう
この考え方は、例えば上司や部下、友人や恋人に至るまでの「人間関係」にも大きな影を落としてしまいます。欠点が見えないような「良い人」であっても、一つや二つくらいは欠点があるものです。しかし、長所が短所を打ち消すので、はたから見れば「欠点の無い人」に見えるのです。
しかし、先ほどの考えにあてはめてしまうと、「その欠点が許せない」となってしまい、その人に対してマイナスのイメージしか抱かなくなってしまいます。
プロ野球等のスポーツ選手に対するファンの応援にも似たようなものがあります。新聞の一面に何度も乗るような選手であっても、たった一度の凡ミスに対してファンの目が非常に厳しくなってしまう場合が有ります。
それまでの活躍を忘れてしまい、ここぞのチャンスで活躍できなかったことが評価の全てとなってしまい、「期待できない」とか「やっぱりか」といった選手評になってしまうわけです。
プロ野球で言えば、三割を打てば一流選手であると言われています。しかし、そんな一流と呼ばれる選手であっても、ヒットは3割で、後の7割は凡打しているのです。
長い人生において、良いことばかりが続くはずがありません。急な下り坂、険しい登り道、時には垂直の大きな壁や落とし穴が立ちはだかることもあるでしょう。しかし、苦しさや悪いことばかりに見える人生であっても、3割は良いこと、4割はどちらでもない普通の日々なのです。
何気ない日常を「良し」とする考え方
いつもポジティブで元気な人は、ネガティブな人間から見れば羨ましく見えるものです。しかし、ポジティブな人は自分の身に起こる「良いこと」をしっかりと認識することが出来る人であり、場合によっては平凡な日常に「幸せ」を感じている人でもあるのです。
- 今日も何事も無く元気に一日を過ごせた
- ミス無く無難に仕事をこなせた
- 今日もしっかりとご飯を食べることができた
- 明日もこなすべき仕事がちゃんとある
- 朝、ちゃんと目が覚めた
当たり前に見える毎日であっても、その日その日に感謝しましょう。朝、目が覚めることは当たり前に感じていますが、それはとても素晴らしいことなのです。
また、悪いことがあったとしても、「その分良いことがあるさ」とか、「これは次の失敗に活かそう」、「教訓にしよう」と前向きに捉えるようにすれば、冒頭で紹介した3:3:4の比率も、7:3や10:0という素晴らしい結果となってあなたの人生を明るいものにします。当然、疲れの度合いもかなり違ってきます。
10の事柄の内、「3つも良いことがあった」のであれば、それは非常に良い結果なのです。しかし、「7つも悪いことがあった」と考えてしまえば、それだけ不幸な気持ちになってしまいます。
この考えのままでは、一つのとても大きな良い出来事があったとしても、残りの9つの小さな悪い出来事にかき消されてしまいます。
「3割しか・・・」ではなく、「3割も・・・」と捉え方を変えるだけで、得られる結果はとても大きなものとなってくれるはずです。
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