無意味な一日だって大切な時間

この記事の所要時間: 236

休日の過ごし方というものは人それぞれです。趣味に没頭する人もいれば、一日何もせずにゴロゴロする人もいます。テレビを見るだけで一日が終わったり、掃除に一日を費やしたり、その週に消化できなかった仕事をこなしたり・・・。

人の数だけ、休日の過ごし方は存在しているのですが、その中で気をつけたい休日の過ごし方というものがあります。それが、「有意義な休日を送ろう」と考えて送る休日のことです。

有意義な休日は疲れる?

普段の生活の場において、私達はいつでも「無駄が無いように」とか、「効率的に」といった合理的な考え方を基本方針として行動しています。程度の差はあれど、誰であっても合理的な考え方というものは持っているのです。

しかし、折角の「自由時間」である休日にまで、その考え方をもって行動してしまうのはどうかと思います。休日を無駄なく、有意義に過ごそうとしてしまうと、時間の割り方も細かくなってしまい、全てが終わった頃にはなぜか疲れてしまったという結果になりかねません。

そうならないためにも、休日はできるだけ「無意味」に過ごすようにして、日々の疲れを癒やす時間に充てるようにしてみましょう。

当ブログでは、疲れやストレス、心の病に関する話題をメインに取り扱っているのですが、過去に紹介した疲れる前に休んで疲労を最小限にするの記事や、休日に休養したのに体の疲れがとれないの記事の中でも、休むことの重要性を説いています。

日々の仕事の中で疲弊してしまった体と心を癒やすには、日々の疲れのとり方が重要になってきます。疲れは休息によって回復しますが、その休息の仕方にしても、仕事のことは一旦忘れて、何も考えずにぼーっしたり、自分のためだけに時間を使って休むということが重要なのです。

なのに、休日にまで普段の「合理的な考え方」を持ち込んでしまっては、折角の休日が「疲れてしまう日々」の延長となってしまいます。

「休日だから何かをしよう」と、無理に体を動かしてしまうのではなく、二度寝を楽しんだり、ゴロゴロと何もしない一日にしても構わないのです。

ダラダラと過ごす一日にも意味はある

そして、睡眠も十分にとってゴロゴロするのにも飽きてきたのなら、ゆっくりと入浴を楽しんだり、気分転換に部屋の掃除をするとよいでしょう。意味もなく、ぼーっとテレビを眺めているだけでも問題ありません。

大切なのは、休日だからといって「何かをしなければ」と考えてしまわないことです。「アクティブレスト」といって、軽く体を動かして汗を流したり、散歩に出かけて気分転換を図る休日の過ごし方も、疲れを癒やすには有効な手段ではありますが、だからといって気分が乗らないのに無理やりに体を動かす必要はないのです。

そして、何もしなかった一日の終わりに、「無意味な一日を過ごしてしまったな」とは思わず、「今日はダラダラできて最高だった」と考えるようにします。

毎日忙しく働いている社会人にとって、「ダラダラ」できる一日というものは、非常に貴重で重要な時間です。社会人にとっては、無意味な一日は「大切でかけがえの無い癒しの時間」でもあるのです。

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