自分が選択したことに誤りはない

この記事の所要時間: 39

人生は選択の連続であるとはいいますが、自分で決めた選択を後から後悔したり、失敗したといって嘆く人がいます。また、そういった選択の失敗を恐れるあまり、優柔不断になってしまう人も少なくありません。

優柔不断は悪くない?

優柔不断な人というものは、例えば飲食店に入った際に、何を食べようかと悩んでしまい、中々メニューを決めることができません。ちょっとした飲み物であっても、コーヒーにしようか紅茶にしようかと、迷ってしまうのです。

そして、そんな優柔不断な自分の性格に悩み、嘆いてしまうわけです。しかし、そういった自分を責めるべきではありません。

何らかの物事を迷いなく、素早く決めてしまうような人は「直感」に頼った選択であり、悪く言えば「何も考えていない」人でもあるわけです。

重要な場面に遭遇し、大切な選択肢を「直感」や「その場の流れ」などで決めてしまうことは、非常に安易というか、ギャンブル的な思考にほかなりません。だから、優柔不断であっても良いのです。

優柔不断と聞けば、第一印象としては「悪い」イメージを抱く人が多いと思います。聞こえの悪い言葉でもありますが、要するにこれは「慎重」であることの裏返しなのです。

優柔不断な人は、決して安易な結論は出さないという気持ちが強いというわけです。

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選択に迷うのは「どちらも魅力的」だから

冒頭の例で触れたように、コーヒーにするか紅茶にするか迷ってしまうのも、どちらとも自分にとって魅力的であるからです。どちらか一方に決めたとしても、もう一方の魅力が下がるわけでもありません。

選択というものは、コーヒーを選んだ後に、「やっぱり紅茶でもよかったかな?」と思うのが普通であり、これは心の仕組みとしては当然の結果なのです。

大なり小なり、何らかの選択を迫られた際に、私達はそれぞれの選択肢に無意識の内に「点数」を付ける思考が働きます。コーヒーは40点、紅茶は60点という風に、あれこれと迷いながらも、自分なりに足し算や引き算を行ってより良いものを選ぶわけです。

時には、割り振った点数にほとんど差が無くなるという場合もあります。しかし、最終的に選択したものは、自分にとって不利になるような道を選ぶことはありません。特に、重要な場面であるほど、そうなってきます。それが普通なのです。

「自分にとって少しでもプラスになるように」の考えで選択した結果というものは、あなたにとって決してマイナスにはなりません。それは、「自分の選択に誤りは無い」ということの裏返しなのです。

選択肢に100%の結果は無い

このように、何かを決定する際には、誰も「誤った選択」をすることはない、というわけです。もし、選択した結果を「誤り」と思うのであれば、その結果の他に「100%の正解」があるのでは?と考えているからです。

しかし、その考え方自体が誤りであり、間違っているのではないでしょうか。

自分が色々と考えて、最終的に決めたことなのだから、それは決して間違った選択ではありません。自分で選んだ学校、自分で選んだ会社、そして、自分で選んだ交際相手や結婚相手・・・。

全て自分が最終的に「GOサイン」を出して決めたことであり、どの選択も間違ってはいません。選択した結果が人生であり、人生は選択の連続なのです。

そう考えると、自分の選択に誤りは無いと考えることができるというわけです。もちろん、何も考えずに、ただ流されるだけの人生になってはいけません。

考えに考えぬいた結果の選択なら、間違いは犯しようがありません。しかし、物事を軽く捉え、安易な選択に走ってしまえば、それは「強い後悔」となって、後からあなたの心に押し寄せてくることになるでしょう。

最悪を覚悟することができるか?

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