認めてもらいたいと思う前に自分を疑ってみる

この記事の所要時間: 310

「人から認めてもらいたい」という欲求は、社会欲(社会的な名声等)を求める人間の中では当たり前に湧き上がる感情です。職場の中で、家族の中で、恋人や友人の関係であっても、関わる相手に認めてもらいたいという思いは、誰にでもあります。

しかし、時に「自分はこれだけ頑張っているのに、なぜ認めてくれないのか?」という葛藤に悩まされることがあります。そして、いつまでたっても認めてもらえないことにストレスを感じ、心が疲れていくのです。

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すでに認められているのに気づいていない?

誰かに認めてもらいたい、でも認めてもらえない。何故なのか?・・・でも、これはあなたがそう考えているだけなのです。実際の所は、自分が考えているよりもずっと認められている場合が多いのです。

そんなことがあるわけがない。信じることができないという人が殆どでしょうが、それは仕方のないことです。なぜなら、「自分自身のことをずっと認めずに生きてきた」のですから、当たり前といえばそれまでの話です。

自分自身にとって、自分を認めないということが当たり前で、その感情に慣れ親しんで居心地の良さすら感じてしまっている今があるからこそ、誰かに認められていると考えることが出来なくなっているのです。

認められたい・・・でも認められると困ってしまう

そして、いざ「認められた」と認識すると、急に「どうしよう・・・」といった負の感情(戸惑い)が湧いてきたりします。皆が皆、同じというわけではありませんが、例えば認められたことに対してプレッシャーを感じたり、「過大評価されているのでは?」といった疑念が湧いてきます。

一旦疑い出すと、その考えが頭から離れなくなってしまいます。そんな風に思っていると、仕事を任された時に急に怖くなってしまったり、体調を壊してしまったり、とんでもないミスを犯したり・・・。全てを台無しにしてしまい、信用を落とす結果となってしまいます。

また、「自分は人からあまり信用されていない」と、心のどこかで考えていると、せっかくできた親友や恋人に対しても「自分が信用されているはずがない」と疑ってしまいます。そう考えてしまうと、それは態度にも出てしまいます。

本当に自分のことを信用しているのか?本当に自分のことが好きなのか?・・・そういった疑心暗鬼な態度は、相手にも当然伝わります。相手がそれに耐え切れず、二人の関係が壊れてしまったとき、「ああ、やっぱり」と思ってしまうのです。

この結末は、当然悪い結果です。しかし、それに慣れてしまうと、「この方が居心地が良い」と感じるようになってしまいます。人から認められないことがしっくりくるわけです。

綺麗に片付いている部屋よりも、散らかっている部屋に居たほうが居心地が良いと感じる人がいますが、その人の心理状態がまさにこの状態なのです。

「認められている」ということに気付く

ここまでの内容をまとめると、あなたは自分が思っている以上に、すでに人から「認められている」ということです。

そもそも、会社の同僚や友人、恋人の中に、「何かを認める」という感情を強く抱いている人は少ないでしょう。「普通」に接している時点で、すでに相手を認めているのです。

そして、疑うべきは他人の心の中ではありません。自分自身の心の中にある、「誰かに認められていない」という考え方を、まずは疑うようにするべきです。たったこれだけのことで、周りの人から受ける言動の解釈が変わってきます。

解釈が変わることで、「すでに認められていたんだな」ということに気付くはずです。この気付きがとても重要で、ここに気付くことができれば、人との関わり合いの中で何かが起こっても、「やっぱり」なんて後ろめたい気持ちにならずにすむはずです。

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